【 後 編 】 技能・技術伝承におけるスキルマップの有効活用
前回では、観察や分析による暗黙知の形式知化、伝承教育の効率的な進め方をご紹介しました。 今回は、職場における個人スキルに焦点を当て、スキル伝承の優先度や進捗度を把握する「スキルマップ」の作成、およびその使い方についてご紹介します。
スキルマップを作成することが目的ではない
製造現場で「スキル」という言葉をよく耳にします。「スキルを身につける」、あるいは「スキルアップ」といった使われ方をしていますが、このスキルとは一体何のことを指すのでしょうか。 前回のコラムで紹介した「技能・技術」とほぼ同等の意味であり、簡潔にいうと、「製造現場で人が作業する上で発揮される知識や経験」となります。
さて、そのスキルを定量的に評価するツールとして「スキルマップ」があるわけですが、皆さんの会社ではどのように活用されているでしょうか。 ISO9001認証取得に追い立てられ作成し、そのままになっている会社も多く見受けます。ISO9001では、「力量、認識及び教育・訓練」の要求項目で、 「組織には、製品品質に影響がある仕事に従事する要員に必要な対応能力(力量)を確定する。このニーズ(必要な対応能力(力量))を満たすための訓練または他の方法を実施する。 実施した上記の有効性を評価する。組織の要員に自らの活動の重要性と他の活動との関連性(位置づけ)をわきまえさせ、品質目標の達成にどのように貢献することになっているかを自覚させる。 教育、訓練、技能、経験についての適切な記録を維持する。」ことを求めています。 端的にいえば、必要な技量が明確にされ、それが満たされ、その証拠が記録として残っていれば、審査はパスできるということになります。だからといって、スキルマップをISO更新審査の都度、 見直し更新するだけではもったいないことであり、製造現場での生産活動の維持、ひいては会社の存続と未来の発展のために活用していくことをお勧めします。
現場のスキルを見える化する
今回は、生産現場でスキルマップを活用してスキル伝承する方法についてご紹介します。
(1)スキルマップの要件
自社または各職場が現在使用しているスキルが漏れなく抽出、整理され、保有するスキルの全体像が明確にされるとともに、伝承すべきスキルは何であって、その要求する水準や伝承する優先度が一目でわかるように整理されており、それぞれのスキルの保有者が明確であり、そのスキル度合いが定量的に評価されていることが求められます。
(2)スキルマップの作成
製造現場でスキルを保有する作業者のすべてに現状調査を実施し、スキルマップに記載することによって、現場でのスキル保有状況の全貌を見えるようにします。 記載する主な項目は、「工程毎の必要スキル」、「それぞれのスキル保有者」、「保有者毎のスキルレベル」であり、 これらの情報を基に、今後、職場に充足すべきスキルや優先的に行うべき教育・訓練の内容を明確にしていきます。
(3)スキルマップの有効な活用例
活用例の一つ目は、現場で不足しているスキルを充足していく取り組みにつなげることです。スキルマップ上に、スキル保有者が欠勤しても生産を支障なく行うにために、それぞれのスキル保有者が何名必要かを書き込み、 そこから現状のスキル保有者数を差し引くことで、職場で必要なスキル保有者数と実際のスキル保有者数とのギャップが浮き彫りにされます。今後、どのスキルに対してどれだけの人員数を育成していく必要があるか明確になるわけです。
二つ目の活用例は、スキル保有者に関する情報を付与することで、スキル伝承の優先度が明確になることです。従業員の高齢化が進んだ職場では、スキルマップに各スキル保有者が定年退職するまで年数を書き込みます。すると、このまま伝承を行わなかったらそのスキルが何年後に現場から消滅するかが浮き彫りにされます。つまり、いつまでにどのスキルを伝承しなくてはならないかの優先順位が明確になるわけです。
「どのスキルを、いつまでに、どれだけ充足させる」といった現場の課題が明確になれば、これらのスキルを引き継いでいく継承者への理解が得られやすくなり、現場でのスキル継承への取り組みがより活性化し、スムーズな技能・技術伝承が可能になります。
スキルマップの情報から「教育・訓練」計画を立てる
職場で必要なスキルを消失させることなく常に維持向上していくためには、従業員の退職や異動で職場から消失するスキルを補完する、新人を職場の戦力として早期に一人前にする等、目的は様々ですが、スキルアップ教育や訓練は計画的に行っていく必要があります。
計画を確実に実行に移すためには、5W1Hが明確になっていることが大前提です。スキルマップで明確にされた「どのスキルを、いつまでに、どれだけ充足させる」に加え、「どのように教育・訓練する」が明確にされることで教育・訓練が可能となります。 教育・訓練計画書は、職場毎に作成し、継承するスキル項目ごとに「継承者」と「指導者」の個人名を記載し、目標とすべき習得レベルを具体的に評価できるよう設定します。「期間」と「場所」については、教育・訓練の 方法との関係で決定されることが多いので、計画当初はおおよその期間と社内か社外程度で記載しておき、明確になった時点で修正します。「教育・訓練の方法や使用する教材」については、前回コラムの内容を参考に、状況に応じた設定と整備を行います。 5W1Hが明確になったことで、スキル教育・訓練の計画が明確になります。これらの遂行こそが、技能・技術伝承の具体的取り組みの重要な要素です。
おわりに
前回と今回のコラムで、製造現場の取り組みとして「技能・技術伝承の効率的な進め方」をご紹介してきました。技能・技術伝承は、製造現場のみならず企業全体が保有している技能・技術を若年層に効率よく伝承するとともに、新しい技能・技術を開発していくことで、激変する経済社会に適応し勝ち残っていくために必要であることは明らかです。
そのためには、製品戦略、技術戦略の立案と柔軟な見直しを行い、伝承すべき技能・技術の絞り込みとその優先順位を設定する。また、自動化・ロボット化を目指して、暗黙知である技能から形式知である技術への変換を推進する。技術・技能の伝承を行っていく教育・訓練を通じて創造力豊かな人材を育成し、新しい技能・技術の開発を推進していくことが求められます。
そして、最も重要なことは、経営者の強い意思の下、技能・技術伝承の活動が継続的に行われていくことであると考えます。