世界の砂糖市場は年間平均2%の順調な成長が見込まれ、中でもアジアは世界の需要の40%を占める最大の市場である。一方、市場への安定供給が可能な主な砂糖生産国はブラジル、タイ、豪州に限られており、一大供給地であると同時に需要地に近いタイにおける砂糖事業の競争力は高まっている。
タイ ウドンタニ県に生産拠点を持つThe Kumphawapi Sugar Co.,Ltd(以下クムパワピーシュガー社)とKaset Phol Sugar Ltd(以下カセットポンシュガー社)はそれぞれ1963年、1994年から三井物産株式会社、三井製糖株式会社(以下三井物産、三井製糖)の資本参加による経営を推進しており、安全・安心・高品質な砂糖への需要が旺盛なアジア地域での事業展開を拡大している。
赤と白のシンプルなレイアウトが印象的な「スプーン印」は、現在も国内でトップのシェアを保有している砂糖のブランドだが、今日ではタイ国内の多くのスーパーマーケットや店舗でも「スプーン印」の砂糖を見ることができ、高品質砂糖のブランドとして広く認知されている。今回の企業インタビューではタイ・クムパワピーシュガー社とカセットポンシュガー社における「安全文化の醸成」に向けた改善活動について、両社のCEO雑賀 博昭氏、品質全般責任者の八木 直人氏を始めとする関係者の方々にお話を伺った。
安全意識の徹底を目指して
はじめに貴社の企業概要についてお伺いします
雑賀:
クムパワピーシュガー社とカセットポンシュガー社では、三井製糖の主力製品であるスプーンブランドの高品質砂糖を生産・販売しています。タイ東北部のウドンタニ県に製造拠点を置く両社ですが、クムパワピーシュガー社は半世紀以上の伝統を持つ製糖会社として、日本の技術力を活かした安心・安全な製品づくりを進めています。カセットポンシュガー社では、今年6月に増資により製造能力増強のための設備刷新に着工、2019年10月の完工を目指しています。
アジアを中心に砂糖の需要は上昇傾向にあり、世界の砂糖市場は年平均2%の順調な成長が見込まれています。主要な砂糖生産国はタイ、ブラジル、オーストラリアですが、なかでもタイは需要と供給が近い東南アジアの中心に位置する有望市場でもあります。
工場の品質維持にはどう取り組まれているでしょ うか
雑賀:
食の安心・安全は三井製糖の企業理念の第一義に掲げられており、三井物産食料本部の理念でもあります。
2003年のBSE問題以降、トレーサビリティが社会的に大きなテーマとなりました。当社でもトレーサビリティの確立など、食の安心・安全に関する文化の確立に取組んで来ました。タイにおけるクムパワピーシュガー社でも、HACCPを取得し、ある程度は食の安全に関する意識を浸透させることが出来たと思います。ただそれでも日本の水準と比べれば、まだまだ不十分なところがあり、トレーサビリティについての取組みを更に進めて行かなければならないと考えています。
コンサルティング導入の背景にはどんな課題があっ たのでしょうか
雑賀:
2015年12月、クムパワピーシュガー社で従業員6人が重度のやけどを負う事故が発生しました。この事故をきっかけに更なる安全対策の構想を考えていたところ、2017年2月、今度はカセットポンシュガー社で、漏電により従業員が感電死するという重大な事故が起こってしまったのです。
立て続けに発生した2件の事故、その経験を通じて根本的な安全教育の必要性を痛感しました。現場作業における安全意識の欠如から発生する事故、それは対処療法的な改善だけでは決して解決しない問題です。
そこでタイ人従業員を対象に組織的な安全教育と意識づけをはかるため、安全対策をコンサルティングしてくれる会社を緊急で探していたところ、タイで豊富な実績のあるテクノ経営さんの存在を知りました。それが安全に対する改善活動を依頼した経緯です。
現場の意識を変える-「気づき活動」の実施
活動スケジュールについてお伺いします
八木:
まず始めに、コンサルタントの藤井先生から現場視察による作業の危険性や従業員の安全意識の確認をしていただきました。その後、安全管理と再発防止のためのプログラムをご提案いただき、そのスケジュールに基づいて、2017年4月から改善活動を社内展開することにしました。
従業員の意識改革と安全衛生管理体制の再構築が活動の目的です。組織体は、雑賀社長をプロジェクトリーダーに、事務局には、タイ人と日本人スタッフがメンバーとなり、各推進グループの活動を支援、幹部に対する進捗報告などを行うようにしました。
活動のなかで心がけられたことはありますか
八木: いきなり難しいことを求めるのではなく、まず身の回りの問題に気づく目を養うことから始めました。ここが危険と感じたことをメモに残す「気づき活動」を通じて、少しずつ現場の意識が変わってきたと実感しています。仕組みづくりの活動についても、タイ人スタッフに自主的に考えながら進めてもらいました。
スタッフとしての活動に関する想いはいかがでしょうか
現地スタッフ:
私は安全に関する全面的なサポートをしています。またサポートするだけでなく、率先垂範するため、毎朝の朝礼では「元気に出勤し、元気に帰ること」の大切さを話すように心がけました。
数ある活動のなかでも危険予知トレーニング(以下、KYT)は、従業員の安全の意識を高めるのに役立っていると思います。毎朝、今日の仕事の予定や内容・準備、危険な場所などを確認するようにしています。指差しや口頭での確認を全員で行うことで意識づけをしています。
安全性を確保する仕組みづくり
従業員に向けた啓蒙活動はどのようにされましたか
雑賀: 日本人とは危険に対する考え方が違うため、その考え方を変えてもらうことが必要です。そのためには安全意識を一人ひとりに浸透させること。上からの指示でやっていた安全管理を、これからは自分たちで考えて動くようにしなければなりません。そこで、活動の当初より、タイ人の管理者と従業員を対象に安全教育を実施しています。現状の「安全管理マニュアル」を見直すためのリスク・アセスメントでは、できるだけ現場を中心に進めてもらいました。
八木: 現場の意識を変えることには本当に苦労しました。最初は戸惑いもありましが、KYTを導入したことで安全意識の向上やPPE(保護具)装着比率の向上が見られるようになりました。リスクアセスメントについては、今まで漠然としていた危険を具体的、定量的にとらえることに役立ちました。リスクアセスメントの中身はタイ人のスタッフが自分たちで考えて作ったものです。
現場の受け止め方はどうですか
現地スタッフ: 安全道具を強制的に着用させるのではなく、着用していない人になぜ着用しないのか理由を聞いて、着用を勧めるようにしました。藤井先生の各現場への安全パトロールでは各メンバーも刺激を受けています。その後のコメントも全員の意識を高めるフォローアップになりました。
指導会風景
従業員たちの意識が変わった
活動で苦労した点は何でしょうか
雑賀:
理解したと言って理解できていないところがあり、繰り返し説明することが必要です。習ったことをしっかり定着できていない点もまだまだ取組みが必要です。
部署ごとにもばらつきがあり、安全の意識が高いところは5Sがしっかりしていますが、逆にそうでないところは安全の意識が低いようです。
同じようなトラブルが続くところから事故が起こっており、マネージャーの指導力不足が感じられます。今後は信賞必罰ではないが、出来ているところにはインセンティヴを、出来ていないところはセイフティーマネージャーから工場長に申請してイエローカードやレッドカードを出すことを検討しています。
現地スタッフ: 社員の意識を高めるための工夫として、専用のアプリケーションを利用して毎朝の安全活動の写真を送ってもらっています。その写真を見てアドバイスや作業の確認をしているわけです。安全委員会の15人のメンバーで安全パトロールと教育を行っています。専任のセイフティーオフィサーは2人、現在はコンサルタントの指導で事故になる可能性のある危険報告も実施し、その内容を活用しています。
活動の成果はいかがでしょうか
雑賀: 工場に行ったら「安全第一」と声かけを続けてきました。現在はヘルメットを被っていない従業員がいなくなったことを嬉しく感じます。作業と服装について、現場に統一感が出てきました。この1年半重大な事故が発生していないことを株主にも報告できました。
八木:
安全意識の向上やPPE(保護具)の装着比率向上など、今まで漠然としていた危険を具体的、定量的にとらえることができるようになったと思います。
コンサルタントの藤井先生には、タイの従業員のことを良くわかって柔軟に指導いただいているので、それを継続してやっていただきたい。タイでの経験を活かして指導いただいており、現状大変満足しています。
労災件数の推移
現場指導
成果報告会
現場でも変化が見られるようになったでしょうか
雑賀: 最初はそれまでなかった安全に対する規則を導入したことで現場の作業者が反発していましたが、1年半が過ぎたころからは反発もなくなってきました。
設備メンテナンス表
安全面の改善というテーマで1年半やってきた活動ですが、社内の意識はかなり向上してきたと思います。
安全活動への参加率も向上し、積極的になってきました。CEO、ディレクター等が全員に安全の大切さを繰り返し説明したことがよかったと感じています。
現場の安全装備着用が100%近くなっており、この3ヶ月事故もほとんど起こっていません。事故は不慣れな仕事が増える時期に起こりやすいです。修繕期間には多くの業者が入ってくるため、普段とは環境が変わるため事故の確率が高まります。安全のオリエンテーションも行っているが、現場に入ったら何故かその意識を忘れてしまう。繰り返し徹底することが重要だと思います。
安全文化の醸成に向けて
今後の活動に向けてはいかがですか
雑賀:
今年の3月、三井物産の社員による内部監査を受け、少し厳しい指摘を受けました。実際に現場を動かしている班長に安全への意識をしっかり落し込んでいくことが今後の課題だと思います。
特にメンテナンス期間に事故が多いのは、部品を分解した雑然とした状態で機械の中に入るためです。作業スペースを片付けて手順をしっかり守ることが大事、朝礼ではKYTとその日の作業を全員で確認するようにしています。
将来的には生産性向上のための改善活動に取組んでいきたいが、今はそれに手をつける以前の段階です。安全活動は浸透するまで3年はかかると思っています。
去年までは座学が中心でしたが、今年からは実例を含めて学ぶことが増えて来ました。あとは各セクションからもっと積極的に質問が出るようにしたいと考えています。
八木: これまではコンサルタントから言われたことをやるスタイルでしたが、いずれはタイ人スタッフ自らがPDCA を回して活動する方向にしていきたいと思っています。
現場スタッフ: もっと安全意識への徹底が必要だと思います。日本の工場のように細かいところまで気を配れるレベルになっていきたい。事故の統計を取るとほとんどが期間従業員の人が起こしていることがわかります。より教育の徹底が望まれます。
本日はありがとうございました。
取材にご協力いただいた方
クムパワピーシュガー社 CEO 雑賀 博昭 氏
カセットポンシュガー社 品質全般責任者 八木 直人 氏
■ クムパワピーシュガー社
工場長 ヴィチャン 氏
QC・QA マネージャー 製造部長 ターウォン 氏
エンジニアリングマネージャー タラポン 氏
セイフティースーパーバイザー ソムサック 氏
QM・PM アシスタントマネージャー パイワン 氏
発電課マネージャー チューサック 氏
■ カセットポンシュガー社
工場長 バンポット 氏
セイフティースーパーバイザー ミットラパーブ 氏
セイフティーオフィサー ジュタマット 氏
プロダクション アシスタントマネージャー チュアンチューン 氏
エンジニアリング マネージャー タナワット 氏