時代とともに発展してきた科学の方法論
テキストの生成や画像生成など、汎用的なアプリケーションの出現によって、人工知能=AIの技術はたくさんの人々に認知され、より身近な存在となった。こうしたAIの技術は専門分野においても非常に大きな力を発揮している。
科学技術の歴史においてはこれまでに幾度かの大きな発展があった。実験・観察にはじまり、その結果をもとにした理論科学、複雑な現象をシミュレーションによって予測・再現する計算科学、全ての膨大なデータを集約した科学といった形だ。従来の物の見方や考え方が劇的に変化するパラダイムシフトが起きたとされており、それぞれの時代の変化に合わせて第1~第4の科学と呼ばれている。そして現代、これら第1~4の科学技術に加え、AIの進化によって「第5の科学」とも言うべき新たなパラダイムシフト=科学の自動化が起きつつある。
材料開発や最適な製造方法を探索する先進技術
私たちの身の回りに存在する様々な製品。こうした製品に使用されるたくさんの素材は、これまでの歴史の中で膨大な時間と手間をかけて研究され、あまたの原料をもとに生み出されてきた。無数に存在する物質を組み合わせて化合物を生成し、それらの構造や特性、物質の相互作用などのあらゆる情報を記録し、目的とする機能が発揮されるまで何度も作業が繰り返される。こうした労力、時間、コストを投じて初めて新たな素材の開発が完了する。この労力、時間、コストを大幅に削減できる技術として注目を集めているのが、AIの技術を活用したマテリアルズ・インフォマティクス(MI)だ。熟練者の経験や知識、スキルといった暗黙知に頼っていた部分を形式知に変換し、さらには人間では想定できない革新的な材料発見への可能性も期待できる。
こうした先進技術の活用は範囲をひろげ、材料を生成する製造プロセスにも及んでいる。新たに開発された素材が、実際に作れるのか、またどのようにして効率的に製造していくのかなど、量産化ができなければ製品に活かすことはできない。そういった製造プロセスにおける反応温度や圧力、時間などの最適化を図る技術をプロセス・インフォマティクス(PI)と呼んでいる。このMIとPI、さらには製造工程時の内部状態や生成物をリアルタイムに観測する計測インフォマティクスを加えることで、物質や材料の研究・開発に関する技術を次のステージへ進化させることができると期待されている。
AI技術による最適化が製造工程を進化させる
AIをはじめとするデジタル技術の進化は、すでに社会のあらゆる場面で活用されている。MIとPIといった先進技術も製造業のイノベーションと競争力の向上に大きな影響を与えると考えられる。新しい材料の設計・開発はもちろん、そのプロセスの最適化により、製品の性能と品質が向上し、市場での差別化が可能となるだろう。今後ますますデータが集積され、様々な製造工程に関わる最適化の汎用性が高まれば、生産効率の向上や不良品率の低減といった効果が高まり、さらには懸念材料として捉えられている人材不足という課題に対する1つの解決策にもなり得るかもしれない。持続可能な未来の実現に向けて、こうした先進技術の発展を見守っていきたい。