【後編】HALALに対応できる食品工場
はじめに
前編ではイスラム文化やHALAL食品について、私たち日本人が理解しにくい部分をご紹介しました。
後編では、その巨大マーケットに入り込むための、具体的な海外工場設立から運営の方法についてご紹介します。
工場設立
ここでは、すでに工場用地取得が完了した土地にHALAL食品工場を設立することを例にお話をいたします。
まずはじめの作業は、現地での各種申請です。日本のステップと同様、建築確認申請、消防申請、環境予測評価、労働基準局申請などがあります。 日本国内の法規制に準じたレベルであれば、ほとんどの場合、問題なく申請が許可されますが、国によって細部の条件が異なるので事前に現地を調査しておく必要があります。
HALAL食品を製造する場合、その工場で作られた製品を最終的に認証機関が検査し、認可するのですが日本で開発したような事前サンプルを認証機関に提出しておくと、認証作業がスムーズに進みます。 前編でお話ししたように、原材料やプロセスを遡って証明することが必要になります。 日本の原材料を使う場合は日本の認証機関の証明、現地の原材料は現地の認証機関の証明を添付して申請書と現品を提出します。
以上の事を前提に、下記日程(例)に沿って、次に述べる作業からスタートします。
工場レイアウト設計 ~ 設備導入
確保した工場用地にどの規模の工場を建てるか、図面を書くことからスタートです。
主な留意点は以下の通りです。
(1)プロセス設計
原材料の調達先から、最終製品に至るまでのQC工程図をしっかりと作成することをお勧めします。
HALALはトレーサビリティが重要で、後々認証機関などに申請する場合でも活用することになります。
前編でお話ししたように、豚肉由来のものや、家畜の餌・肥料、穀物の育成過程、保管・輸送状況、遺伝子組み換え、酵素や発酵などに、多くの制限があるので、その国の認証機関に確認を取りながらプロセス設計を進める事が必要です。
(2)工場レイアウト設計――工場内の作業区域分け、物流・動線の設定
プロセス設計に順じて生産工程を配置しますが、HALALが指定する工場レイアウトは厳密にはありません。 しかし、HACCPの考えにもあるように汚染エリアと清潔エリアを明確にしておくことが大切です。
原材料や人の出入りルートも明確に決めておきます。設備配置や通路の設定は、生産効率や管理のしやすさを考慮した、“問題が見える” レイアウトにすることをお勧めします。
たとえば、通路は直線、直角配置(田の字)、作業者は通路側で作業し異常が見えるように、工程・設備間には余計な仕掛が置けない接近した効率よいレイアウトなどです。
清潔度に合わせて区分けしたレイアウトにした場合、工程間が分断されてしまうので、工程ごとの生産能力のバランスを取ることが大切です。 バランスが取れていない場合、手待ちや余計な仕掛りを持つことになり、管理上も効率上も悪影響を与えてしまいます。このような検討はプロセス・設備・レイアウト設計の共同作業になります。
(3)インフラ設備
通常、食品工場では、給・排水、電気、加熱冷却(蒸気・チラー)、圧縮エアーなどが必要になってきます。HALALに直接関係はしませんが、特に工場レイアウトの自由度を考えメイン系統と分岐系統の考えを明確にしておくことをお薦めします。 将来の設備入れ替えや追加などの工事の際に、周辺設備への影響を少なくできます。 また、衛生上最も注意が必要な排水ですが、各工程別に排水経路を作り、微生物汚染を未然に防止する構造にし、安全に配慮しておく事もHALAL認証を取得するうえでとても大切です。
地域によっては、電力の安定供給が保証されていない場合もあります。その際は、停電で生産途中の製品が劣化しないよう自家発電の要否を検討しておくことが必要です。
(4)空調設備
工程の作業内容によって、必要なクリーン度が決まります。クリーンルーム化する事が必要な場合もあるでしょう。 ここでは室内の空気圧について述べます。食品工場の場合、排熱などのために排気ダクトが必要になります。それにより部屋の気圧が低くなり、出入り口や隙間から外気と一緒に虫や埃が侵入します。 これを防ぐためにはフィルターを通した外気を常に部屋の中に入れて、圧力を保つことが必要です。清潔作業区域を一番高圧にし、汚染区域に向かって順次流れていくように設計する事が理想です。
建屋各部の隙間を塞ぐことや、搬入口の内外シャッター開閉時間なども綿密に取り決めましょう。
効率の良い排気や吸気、建屋からの空気の流出を適切にコントロールしないと、空調エネルギーロスにも繋がるので細心の設計が必要です。
(5)生産設備調達
設備は製作工程を含め、HALALに適合したものが必要になります。HALAL認証申請に設備の適正証明が必要になる場合があります。 前編でお話ししたように、豚由来の油を使って研磨を行うようなことは全て排除しましょう。HALALに対する信頼性の面で大変重要な事です。
また、設備本来の機能として、安全性・信頼性・操作性は元より、清掃・点検のしやすさも大切になります。
HALAL認証の取得申請
今までに述べた工場設立の作業と並行してHALAL認証取得手続きを行います。準備と手順を次に述べます。
1、製品に使用する原材料・添加物などの全てがHALALに抵触していない事の証明書
証明書は原材料・添加物を調達する国の認証機関で認定されたものです。過去に認定されていればその証明書を取り寄せて利用しますが、なければ新たに証明を取る必要があります。
2、製品製造のプロセスフローチャート
認定された各材料をどのように使い、どのように安全を管理するか、HALALを阻害する要因が確実に排除されているか、さらに各材料のトレーサビリティが重要になります。原材料の管理や製造工程での経緯をどのように記録に残すかを明確にしましょう。
3、安全管理の体制
製造工程で発生した問題に対し、報告ルート、対策意思決定、実施指示ルートなどが工場運営組織にリンクした体制である事を明確にします。
4、最終製品サンプル
試作製品サンプルを含め、各書類を準備し事前に申請しておきますが、工場の稼働体制が整ってからそこで生産した最終製品サンプルを提出します。
5、工場審査(工場完成時)
工場全体の環境・設備状態、管理体制、運用体制などに対し現場審査があります。本コラムで一貫してご説明してきたことは “清潔な工場” が基本であり、日系企業の得意とするところだと思います。
以上の過程が、現地の認証機関への申請業務です。認証取得までに時間を要するので、工場設立業務に並行して進めます。これで認証申請が認められれば、晴れてHALALマークが付けられることになります。
このコラムでは「HALAL工場」と表現していますが、HALAL認証は工場が認定されるわけではなく、個別の製品に対して認定を受ける事になります。 従って認証取得時の申請業務手順を明確に決めておき、後々の新製品のHALAL認証が効率よく進められるようにしましょう。
工場の日常運営管理
工場の安全・衛生と、生産効率を常に追求することはHALAL食品を作る工場も共通です。
(1)衛生管理
食品工場で必要な菌検査設備を充実させることはHALAL認証にも重要です。清掃時のアルコール除菌は認められていますが、製品に混入しないよう生産仕掛品などの保管場所の区分けを徹底するなど、管理上の工夫を仕組みの中に取り入れてください。
(2)7S、3定
(7S=整理・整頓・清掃・洗浄・殺菌・清潔・躾、3定=定位・定品・定量=何処に・何を・どれだけ)
全ての工場に共通の管理手法です。Sを多くすれば良いというものでもありませんが、食品工場は洗浄殺菌が最も重要な事です。従ってあえて7Sとしました。 多くの紹介事例があるのでここは深く触れませんが、HALAL工場においても7S・3定は管理の基本です。 洗浄・殺菌作業のチェックシート、日常の菌検査結果などを従業員に開示し、必要改善点を早期発見できるように見える管理を徹底しましょう。
(3)従業員教育
食品工場として必要な従業員健康管理に加え、入社時の教育訓練が最も大切です。日本の食の安全を徹底して理解して頂きましょう。 衛生管理は工場内環境整備に加え、工場で働く時の規定を “従業員就業規則” にきめ細かく記載し、正しくに理解していただくことが大切です。 また就業規則は一度制定したらそのまま使い続けるのではなく、定期的に見直しを行い常に更新を続けることが重要です。
(4)総合生産効率追求
食の安全・品質管理を含め、総合生産効率の追求は工場運営の使命です。現状に満足せず、常に目標を掲げ、問題意識を持って従業員が一丸となり、毎日活き活きした生産活動が出来るようにマネジメントすることは、日本企業の最も得意とするところです。 活性化した工場で作られる信頼性の高い製品こそHALALが求めているものなのです。
いままでにお話ししてきたようにHALAL認証はその国によって厳しさのレベルが違います。このコラムで紹介したことを参考に、関係国の認証機関に事前相談することをお勧めします。
おわりに
近年、悲惨な食品事故や、不信感を与えるような管理上問題のある工場をニュースでよく見かけます。
ものづくりの分業が進むほど、トレーサビリティが重要視されます。日本食が世界で人気なのはヘルシーだけでなく安全面でも信頼できるからです。
HALAL特有の管理業務も含め、日本企業の管理レベルに裏付けられた食の安全が、大勢のムスリムの人々にも期待されていることなのです。
日本企業が提供するHALAL食品が、更に世界に広まっていく事を願い、このコラムを終わらせて頂きます。
以上