Techno Innovation Labo vol.1 『ロングセラーの条件』
ソントン食品工業株式会社
ファミリーカップ
ピーナッツクリーム
世にロングセラー商品は多々あれど発売から半世紀を越えて、今なお愛され続けているピーナッツクリームと言えば、ソントン食品工業株式会社が製造・販売する「ファミリーカップ」に他ならないだろう。「ピーナッツ、イチゴ、チョコレート、オレンジは不変の60年選手です」。そうにこやかに語るのは同社グループ統括会社ソントンホールディングス株式会社の生産事業本部長 執行役員 丹羽 昭吉氏。「当社では元々パン屋さん向けに業務用として容量の大きなピーナッツクリームを販売していましたが、一部給食用などに事業拡大を進める中、もう少し使いやすいものが欲しいと言う要望に応えて、ファミリーカップの原型となる紙カップ製品を製造するようになりました。そして1960年にファミリーカップを発売し、初めて家庭用事業に進出を果たしたのです」
同社とピーナッツクリームの関わりは創業当時まで遡る。大正時代、兵庫県を中心に布教活動をしていたJ・B・ソーントン氏は当時の日本の農村部が非常に栄養不足の状況にあると感じ、アメリカの製造技術で作ったピーナッツバターを活用し、栄養補給のために提供する慈善事業と、教会の運営資金を捻出するための販売事業を展開していた。ソーントン氏の弟子であった同社の創業者である石川郁二郎氏は、その活動に非常に感銘を受け、事情によりアメリカへ帰国することになったソーントン氏の意志を引き継ぎ、ピーナッツバター作りを事業化し、それが同社の起源となった。日本の食糧事情に対するソーントン氏の慈愛の精神と受継いだ若き経営者の情熱。ロングセラー商品の根幹には他者を思いやる「愛」が存在していたのだと思う。
1960年の発売以降、順調に販売を拡大していったファミリーカップだが、1971年に品質問題で大きな危機に直面する。あるメディアが同社のピーナッツクリームの原料に安全面で問題があるという記事を掲載したことが発端となり、それ以降商品の返品が続き、一時は売上の3倍にも及ぶ返品があった。自分達が愛する商品の返品の山を見ていた当時の社員の気持ちはいかばかりであっただろうか。しかしこの逆境にも社員は決して下を向かず、信頼回復に向けた取組みに全社一丸となって取組んだという。また当時の社長の号令のもと、指摘された品質問題にも正面から向き合い、製品の安全性確保のための研究機関と調査機関の統括部門である衛生検査室が設置された。この取組みは品質基準を厳格化し、安心・安全の軸を確立しようという、当社にとっての大きな転換点であり、歴史的に優秀な技術者が育成されてきた背景にもなっている。これらの結果、何と危機発生の翌年には赤字を脱却し、経営の軌道を元に戻すことができたという。
現在ファミリーカップは全8種類のラインアップで展開されていて、ピーナッツクリームの人気は不変だが、最近はブルーベリーやカスタードクリームも人気があるという。来年発売60周年という大きな節目の年を迎えるファミリーカップだが、今年は新型コロナウイルス感染症の世界的流行という大きな出来事があり、同社の生産を統括する丹羽氏は食に関わる会社としての使命感を再確認したという。「今回の状況の初期段階において、相当深刻な状況を想定した上で、それに対応できるように生産を確保しておかなければならないという大方針を立てました。その上で関係者と色々な協議をする中、社長は当初から「ライフライン」という言葉を使われており、当社は食のライフラインを維持する一環を担っているという自覚を持ち、生産の維持に努めようという通達を3月の早い段階に出しました」同社の企業理念は『人と技術の力で世界の人々の健康と豊かな食文化に貢献します』である。1942年の創業当時、米国と日本という垣根を越えた師弟が描いた日本の食糧事情を改善したいという想いは、幾多の歴史を乗り越え、現在の同社にも脈々と受継がれている。企業に、そして商品に歴史有り。ロングセラーは多くの人々の「愛」で作られていることをファミリーカップは教えてくれる。