2015年9月、国連で開かれたサミットにおいて、2015年から2030年までの長期的な開発の指針として、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。この文書の中核を成す「持続可能な開発目標」が「SDGs(Sustainable Development Goals)」である。SDGsには環境、資源、エネルギー、健康・衛生から教育、労働、産業、さらには人権や公正性の実現まで、地球社会全体が協力して解決すべきグローバルな課題が網羅されており、なおかつ“地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)”という誓いのもと、すべての国・すべてのステークホルダーがその実現に向かって行動を進めるということが大きな特徴となっている。そしてその中でも特に大きな期待を持たれているのが各企業における取組みである。
多くの企業ではこれまでにも、CSR、CSVなどの見地から社会貢献活動を展開してきたが、従来の活動では、テーマ領域の選定や目標の設定などが基本的に各企業の裁量に委ねられており、金融機関が植林活動を行うなど、どちらかといえば本業と直接関係のない活動が主になっていた印象がある。これに対してSDGsは、各企業がそれぞれの本業を通じて目標達成に取り組むことが重要であると示唆しており、企業が自らの本業を見直し、各業務をブレイクダウンすることで、SDGsの目標達成に結びつく要素が見えてくる。今後は様々な投資原則や報告基準がSDGsを元に形成されることも予測されるため、企業はバリューチェーン全体における自社活動の社会・環境インパクトを総点検し、各企業の核となる事業の照準をSDGsに合わせることが戦略上の課題になってくると思われる。
このようにSDGsが個人、企業に対して「持続可能性」という世界共通のテーマを提示し、その重要性について日本でも認知が拡大しつつある状況下で起こったのが「新型コロナウイルス感染症(CDVID-19)」の世界的大流行である。今回のコロナショック発生前、SDGsが標榜する「持続可能性」というテーマの重要性に世界中が着目し始め、それに向けた行動を進めるムーブメントが各所で起こりつつあったが、はからずしも今回のコロナ禍の状況はその「持続可能性」が意味する根本的な重要性を再認識させることになった。それは大きな意味では地球全体であり、生態系、国家、都市、企業、家族、個人といった全ての属性を対象として、この不確実な時代をどう生き抜いていくかという問題を突きつけ、この課題に対する危機意識は、今後決して消えることは無く、常に私たちの世界の中に存在し、その不安感と共存していくことになるのだという厳しい現実を認識させることになった。少し大げさな言い方になるかもしれないが、今後世界の歴史を振り返った時、私は今回のコロナショックは、「コロナ前」「コロナ後」という分岐点となるような見方さえできるほど、大きなインパクトを与えたと考えている。そしてこの認識は今後の企業経営においても「持続可能性」を最重要事項に位置付け、そのためにあらゆる施策を講じる必要があることを示唆していると思う。
そもそも企業経営において一番重要な事とは何であろうか?100人の経営者に聞けば100通りの答えが帰ってくるような気がするが、おそらくその根本は共通している。それは「事業を継続させること」「会社を存続させること」であり、そのテーマを実現させるための手段として、様々な活動が日々展開されているのである。だがともすれば眼前の経営課題に忙殺され、主客転倒し、手段が目的となってはいないだろうか?本来最も重要視しなければならないはずの「持続可能性」という目的がおろそかになっていれば、いずれそのほころびは大きな危機につながる可能性がある。繰り返すが、そもそも会社という存在が維持出来なければ、全ての企業活動は意味を持たないのである。今回のコロナショックはその当たり前の原理原則を改めて私たちに教えてくれた気がする。そしてその原理原則を大事にして、経営の中心に位置づけた経営が、今後ニューノーマル時代の企業に求められるSDGs経営ということになると思う。
2030年までにSDGsが達成されると仮定すると、それまでに年間12兆ドルの新たな市場機会が創出されると言われている。SDGsに取り組むことは、長期的に見れば企業経営において大きなチャンスとなり得るのである。逆に企業にとって、SDGに取り組まないことがリスクとなる時代とも言える。SDGsに取り組まない企業は、社会的課題解決への責任を果たさない企業として、サプライチェーンから外されることも起こり得ると考えるべきなのだ。今後の企業経営においては、単にSDGsの17目標を達成すれば良いわけではなく、それらを通じてどのように市場機会を得ていくのか、マーケット、ニーズの変化を注視し、導入・推進していくことが求められており、製造業においても今そのための取組みを検討し、SDGsをチャンスとする経営への転換をぜひ図っていただきたいと思う。