コラム/海外レポート

2021.01.18

「#EじゃなくてもAじゃないか」SNS時代の世論形成

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先日ある大手ビールメーカーと大手コンビニチェーン(以降CVSチェーン)の共同開発により発売予定のビールの缶に誤表記があり、発売を中止するという報道があった。表記が間違っていたのは「ラガー」の英語スペル。ラガービールとは貯蔵工程で低温熟成させた下面発酵ビールのことを指し、その英語表記は「LAGER」だが、今回発売予定であった缶ビールにはスペルミスで「LAGAR」と表記されていた。この発売中止の発表があったのは1月8日で、当初発売予定日の4日前であったが、ビールメーカーによると誤表記が発覚したのはその1日前のことで、成分・表示等には問題ないが発売中止という判断をしたという。発売中止の判断の経緯は明らかにされていないが、このビールメーカーは現存する日本最古のラガービールを発売している企業であり、ブランディングの観点からも決して許されないものであったことは想像に難くない。一方共同開発のパートナーであるCVSチェーンの視点で考えると、2030年を目標にしたSDGsによる「持続可能性」に対する世界的ムーブメントの高まりは、食品廃棄問題を社会的課題の重要テーマとして位置付けることを促進し、CVS各社では例年大量の廃棄が出ていた恵方巻やクリスマスケーキなどを予約販売のみにするなど「食品ロス削減」に向けた動きを加速している。もちろんこの取組みはビールメーカーにおいても同様に重要なテーマであり、これらの観点から発売中止となったビールをどのように処理するべきか?2社にとって非常に難しい経営判断が迫られていたと思う。ところがこの発表以降、意外な展開が起こる。主にSNSを通じて「中身に問題がないなら、もったいないからそのまま販売して」「買いますよ」「廃棄にしないで」などの投稿が多数寄せられ、 「#EじゃなくてもAじゃないか(Eじゃなくてもええじゃないか)」というハッシュタグもでき、販売を願う声が高まったのだ。そして発売中止の発表からわずか5日後の1月13日、両社で検討の結果、当初方針を転換して発売することが発表された。

「民意を問いたい」は、政治家の発言としてよく聞かれる言葉だが、今回の件ではその「民意」がSNSを通じて企業に届き、これまでの商習慣を覆すような大きな動きにつながった。もちろんビールメーカーにもCVSチェーンにもその意図は無かったと思うが、図らずも当初の発売中止発表が民意を問うという形になったのである。そしてこの結果を生み出したのが、「SNS時代の世論形成」である。民主政治のポイントは社会の合意づくりだが、その際影響を及ぼすのは「世論」であり、近代の歴史では次々と更新される新しいメディアによって、その時々の世論が形成されてきた。その中には第二次世界大戦時におけるラジオと映画を駆使したヒトラーとナチスによる大衆操作という人類にとっての大きな負の遺産も生まれている。その後テレビが長くその中心的役割を果たし、2000年代以降はそこにインターネットが加わり、現在はその中心をSNSが占めつつある。もちろんネット世論については必ずしも肯定的な面ばかりではなく、ネット上での誹謗・中傷、フェイクニュースなどネガティブな側面が存在するのも事実だ。SNSを通じて自己の政権の正当化をアピールし続けてきた前アメリカ大統領のトランプ氏が、ツイッターで支持者を煽ったことで、首都ワシントンD.C.の連邦議会議事堂で、大統領選挙で勝利したジョー・バイデン氏の当選を公式に確定させる上下両院合同会議中に、トランプ支持者たちのデモ隊が議事堂に乱入したことは、このメディアが現実的な武器ともなりえることを、世界中の人々に衝撃と共に認知させることにつながったと思う。

SNS は趣味や思想などに何らかの共通項を持つ人々が形成するコミュニティ型のメディアだ。今回誤表記の缶ビールが発売中止から販売へと至ったケースはこのメディアの良い側面が発揮され、企業、社会、消費者に「三方よし」の結果がもたらされた。しかし共感や好意が先にあるため、情報が事実かどうかより「いいね!」「シェア」で大きな世論が形成されることへの危うさは前述のトランプ氏の事例を挙げるまでもなく明白だ。これまでの新聞、テレビなどのマスメディアでは、メディアが発信する情報は全てが正しいことが前提だった。だがSNSで誰もが情報発信できる時代になった現在、全ての人に情報の真偽を疑う姿勢が求められており、企業や団体など、情報を発信する側としても、ネットとどう向き合うのか、その理念や方針の確立が急務であると思う。

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