「採用難」「高い離職率」「人手不足倒産」。近年マスコミ報道などで目にする機会が多いこれらのキーワードは、人手不足問題が現在の企業経営における最重要課題の一つであることを示しています。労働人口(15歳~64歳)の減少が進行していることが、その最大要因ですが、今後もこのトレンドがさらに進行することが予測される中、本年4月からは残業規制、同一労働同一賃金、高度プロフェッショナル制度を3本柱とする「働き方改革関連法案」が順次施行されており、特に長時間労働の是正に向けた「労働基準法改正」では、残業時間に上限規制が設けられ、違反すれば罰金や懲役が科せられることになりました。法改正により人手不足を長時間労働の言い訳に出来ない経営環境となり、働き手が少ない中で、いかに効率良く仕事を進めて行くかは、企業にとって喫緊の問題です。ダーウィンは進化論の中で「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは変化に最も良く適応したものだ」と語っています。企業も時流に合わせて変化することが必要で、変化しないのは現状維持ではなく後退との認識を持つことが今求められています。人手不足時代に生き残るための組織、人の変化の方向性について検討したいと思います。
1 組織変革のためのマインドセット、部門間連携の推進
私は組織変革を考える際の視点として、常に「人」に着目し、考えるようにしています。組織とは「人」という個の集まりであり、良い組織とは、個=「人」が活きる組織に他ならないからです。「感動」という言葉は人が感情で動く動物であることを示しています。人は理論だけでは納得しませんし、権威を振りかざすと反発します。人はどう考えるのか?人はどう伝えれば動いてくれるのか?ということを常に念頭においた組織運営が必要なのです。
コンサルタントとして現場で活動する中よくあることが、一人ひとりの社員との面談では、自身の仕事や会社に関する様々なアイデアや提案は聞けるのに、組織の話になると急に口をつぐんでしまうというケースです。どうせ言っても無駄という、上司、組織に対する不信、不満、諦めが原因で、優秀な社員の芽をつんでしまっている。人手不足の中、より効率の良い組織を目指すことが必要なのに、貴重な戦力を活かしきれていないのは非常にもったいない状況だと思います。そこで、より個が活きる組織への変革に向けたポイントを整理します。
2 部門間連携を阻害する不都合な事象
多くの企業の管理、間接、製造など組織内の各部門間において、日常的に他部門への不平、不満が生じているのではないかと思います。私はこれまでの経験から、このような状況を招く要因は「組織間にまたがる3つの“他”」にあると考えています。ここで言う3つの他とは、「自分達は悪くない。悪いのは他部門だ(他責)」「自分達がよければいい。他部門は関係ない(他人事)」「自分達には関係ない。会社や他部門が対応してくれる(他力本願)」というものであり、この3つが「被害者意識」「無関心」「無責任」という部門間連携を阻害する原因となっているのです。そしてこの「3つの他」が発生する根本原因としては「共有化されていない目標」「感情的なしがらみ」「慢性的な戦力不足」を挙げることができます。
ここではその原因について検証を行いたいと思います。
3 部門間連携を阻害する「3つの他」が芽生える根本原因
原因1 「 共有化されていない目標」
部門間のやりとりで多く見られるのが、摩擦を起こしたくないため、本当は納得していないのに発言をしなかったり、遠慮した表現にすることです。このような配慮は一見すると思いやりがある態度に見えますが、実際には明確な目標が無いため、内向きの理論で動いていて、固定観念が強く、変化を好まない受身の組織で起こることなのです。逆にトップが明確な目標を示している組織は、外向きの理論で、当事者意識があり、積極的な姿勢で、主体的に動くことができるため、部門間の言動も無意味な忖度や遠慮の無い、組織をより良くしていくための言動となるはずです。
ただトップから明確な目標が提示されていて、その共有が出来ている組織でも、そのハードルが高すぎたり、自分達が考えていることとギャップがあったりすると、結局無理な目標を会社から押し付けられたという被害者意識に陥る場合があります。このようなケースではまず活動導入初期に、ミドル層を対象にした「ワイガヤ会議」を行います。
経営層が提示する会社のビジョンと、会社の現状とのギャップを認識し、そのギャップを埋めていくための計画を自分達で立ててもらいます。改革のために成すべきことは何かを明確にすることで、押し付けられた目標ではなく、自分達が納得性を持って進めていく目標へと転換する。これによって被害者意識からの脱却を図ることが可能となるのです。
原因2 「 感情的なしがらみ」
あなたの周りには過去から引きずっている「しがらみ」を断ち切ることができる人物はいますか?日本企業ではこの「しがらみ」を解消、軽減することが非常に難しいと言わわれていますが、私は「しがらみ」の解消、軽減には「自部署を知る」「他部署を知る」「お互いを認め合う」という3つのステップを踏むことが必要だと考えています。
まず初めのステップである「自部署を知る」ためには、会話ではなく対話が必要です。
対話のコミュニケーションは双方向のやりとりであり、説得ではなく納得です。よくあるのが部門間での連絡会や会議での単なる一方通行の会話をコミュニケーションと勘違いしているケースで、自部署のことは全て把握しているつもりが、本当は全くわかっていなかったという事態が起こるのはこれが要因です。自部署の本当の姿を知るには、部下と本気で向き合い、それを継続することが重要だと思います。次に2つ目のステップ「他部署を知る」ですが、社内の情報網として会議、集会、通達などのオフィシャルな場の情報共有だけでなく、昼食や休憩時などでの漠然とした他愛もない話からの違和感、個人の異常検知力、不思議発見力を生かせるような情報共有の場が重要で、部門間を越えて、思ったことを思った通りに言えるような関係づくりが必要です。
最後は3つ目のステップである「お互いを認め合う」です。各部署に課せられたミッションはそれぞれ違うのですから、部門間のやりとりで自部署の成果だけを主張するような議論では衝突が起こるのは当然です。お互い自分だけが正しいという考えに基づいた議論では「どちらかがどちらかを力づくで論破」もしくは「どちらもがこんなものだと妥協」した結論しか出てきません。部門間がこんな状態では、とても自社のことを社会に貢献する企業だと誇ることなどできないのではないでしょうか。部門間連携の第一歩は自分達とは異なる見解があるということを認めることです。自分達が正しいと考えると相手の意見は「間違い」になりますが、異なる意見があることを前提とすればそれは「違い」になります。お互いの違い、それぞれの存在価値を認めることで、相手の「承認要求」を満たし、他部門に対し「ありがとう」と言える関係性が重要なのです。
原因3 「 慢性的な戦力不足」
働く人の資質が変わってきています。平成29年の厚生労働省の調査によると、製造業における新卒高校生の入社3年後の離職率は約3割(大卒社員は2割)となっています。離職率が高い組織の特徴としては、残業が多い、給料が労働に見合っていないと感じる、人手不足などが挙げられ、逆に離職率が低い組織の特徴としては、働き方に柔軟性がある、休暇が取得しやすい、社員教育が充実している、若手が意見を出しやすい雰囲気などが挙げられます。現在の若手社員に対して、「今までの価値観が通用しない」「せっかく採用してもすぐに辞めてしまう」などと非難、批判ばかりしていても何も状況は変わりません。若手が辞めていく会社は、何故辞めてしまうのか、その原因を本気で考えないと慢性的な戦力不足は解決しません。人財育成は未来への投資であり、会社の本気度が問われます。若手社員が辞めていくのは、上司、管理者である自分達の責任で、会社の恥だという考え方へのマインドセットが必要です。その上でやはり重要なことは組織内のコミュニケーションであり、双方向の意志疎通が正しくできていることが基本です。コミュニケーション能力に関する3つのスキルとは「きく力」「かかわる力」「表現する力」ですが、中でも特に重要なのが「きく力」であり、より良いコミュニケーションの実現には受容的、共感的な態度で聴く「傾聴」が効果的です。
こんな経験はないでしょうか?部下に業務依頼をした際、わかりました、大丈夫ですと返事があったのに、実際にやらせてみると依頼した内容とまったく違うことをしている。やってから質問に来る、もう一度確認すると初めてわかりませんという等々…
上司からすると部下がいったい何を考えているのかわからない。何故説明しても伝わらないのか?実はこういったケースの大半が「解らないことが解らない」という状況なのです。若手社員の考え方の理解に苦労しているにも関わらず、接し方が変わっていないのではないでしょうか?言葉だけでなく、声の調子や表情、目線までも含めて確認していますか?部下が見ている視点と、上司が考えている視点は実は大きく違う可能性があることを認識し、若手とのコミュニケーションは思っている以上に視点を下げる必要があることを意識して欲しいと思います。
おわりに
以上、組織コミュニケーションの視点から、人手不足時代を生き抜くための変化の方向性について、部門間連携を阻害する「3つの他」の原因を中心に検証してきました。社会、時代の変化に伴って、企業やそこで働く人の思考、行動も変わっていきます。コミュニケーションはその変化を柔軟に受け止めたり、新しい発想に導く力を持っています。
従来の視点や価値観にとらわれず、今の新しい考え方に向き合って、自分達自身が変わっていくんだという前向きな姿勢で取組んでいただければと思います。