コラム/海外レポート

2023.05.08

インダストリー5.0が目指す姿

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インダストリー5.0とは

2021年に欧州委員会が発表したインダストリー5.0(第5次産業革命)は、人間を中心とした持続可能な産業への変革を目指す構想となっており、従来のインダストリー4.0に代わる革新的な動きだ。この新しい産業革命は、企業の経営者や株主に限らず、世界全体が目指すべき姿を掲げる。

ドイツ政府が2011年に提唱したインダストリー4.0では、デジタル化による産業構造の改革(効率化や発展)を目指したが、地球温暖化による環境破壊が止まらず、また新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によってサプライチェーンや人間らしい暮らしが損なわれるなど、環境、健康、社会問題などを重視する視点に欠けおり、持続可能性や回復力、産業間の協力といった部分は軽視された結果となった。このため、産業の発展に限界が見え始めたのである。

そのため、インダストリー5.0では持続可能性や回復力など、インダストリー4.0では考慮されていなかった要素を重視し、更なる産業の発展を目指す革新を掲げる。具体的には、人間のニーズや利益を最大化する発展を目指す『人間中心(ヒューマン・セントリック)』、地球環境に配慮して将来の世代に負担を残さない形で発展を目指す『持続可能性(サステナビリティ)』、地政学的な変化やパンデミック等の自然災害による突発的で破壊的な変化が訪れた際に生活や産業を守る力『回復力(レジリエンス)』、この3つをコンセプトに産業界が回復力のある持続可能な人間中心の産業へと変革を遂げ、株主だけではなく地球も含めたすべてのステークホルダーへの長期的貢献が実現される世界を目指している。

インダストリー5.0 各国の取り組み

インダストリー4.0が2011年に発表されてから10年以上が経過し、そのコンセプトは各国における産業改革に影響を与え、大きな変化をもたらしてきた。ドイツでは、2019年にIndustry 4.0推進機関である「Platform Industrie 4.0」が今後10年間の指針として「2030 Vision for Industrie 4.0」を発表。Industrie 4.0の実装を成功させるために、自律性(Autonomy)、相互運用性(Interoperability)、持続可能性(Sustainability)の3つが密接に関連した戦略的な行動が不可欠であると提唱した。
 
中国では2015年に「中国製造2025」を発表。製造強国としての地位確立を目指し、製造業イノベーション能力の向上や情報化と産業化のさらなる融合といった9つの重点戦略と次世代情報通信技術「5G」などの10大産業における飛躍的な発展を目指している。アメリカでは、ゼネラル・エレクトリック 社が2012年にインダストリアル・インターネットを発表し、ICT技術を活用した生産性の向上やコストの削減を支援する産業サービスへの取り組みが進んだ。

日本ではインダストリー5.0に先駆けてSociety 5.0が提唱された。これは、科学技術基本計画の「第5期科学技術基本計画」で日本の目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されたもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによって経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)を目指している。

インダストリー5.0によって何がもたらされるのか

インダストリー5.0では具体的にどのようなことの実現を目指し、何がもたらされるのか。その例をいくつか紹介する。

●人とともに働く協働ロボット(コボット)
協働ロボット(コボット、Collaborative Robot)とは、柵がない環境、つまり人間と同じ空間で働くことができるロボットのこと。センサーなどを取り付け、人に対する安全性が考慮された性能を備えており、これによって人との連携もスムーズに行うことができ、さらなる効率化や柔軟に対応できる生産システムの実現が可能となる。

●スマートセルインダストリー
スマートセル(=賢い細胞)とは、バイオテクノロジーとデジタル技術によって人為的に生み出される細胞のこと。スマートセルを組み込んだ微生物や動植物を用いて、バイオ医薬品やバイオ燃料を生み出したり、病気に強い作物を作ったりすることが可能となる。

●仮想空間と現実空間を融合させるデジタルツイン
デジタルツイン(Digital Twin)とは、現実の世界で収集したビッグデータをもとに、まるで双子であるかのようにコンピュータ上で再現する技術のこと。これにより、例えば製造工程の一部を変更する場合に、収集した膨大なデータを元にコンピュータ上の仮想空間で限りなく現実に近い物理的なシミュレーションができ、その結果をもとに現実空間へとフィードバックすることが可能となる。

人間を中心とした持続可能な未来の実現を目指して

技術ありきだったインダストリー4.0に対し、インダストリー5.0では「持続可能性(サステナビリティ)」「人間中心」「回復力」の要素を加えて、その実現を目指していく。さらなる発展のためには、国や地域ごと、企業単位での独立した取り組みではなく、全世界を標準化し、グローバルな展開を進めていく必要もあるだろう。その先にあるものこそ、限りある地球の資源を大切にし、さまざまなテクノロジーが融合した人を中心とする持続的な社会の実現があるのではないだろうか。