琵琶湖畔に建つオプテックス株式会社。その開放的なエントランスには、同社が得意とするセンサ技術を 駆使した展示がなされている。現在の社会においてセンサ技術は身近なところに活かされている。たとえば 安全を守る防犯設備、また百貨店や店舗などで使われる入場管理システム。そして、私たちが日々利用する 自動ドア用の赤外線センサもオプテックス株式会社が1980年に世界に先駆け開発した技術だ。
奥泰斯電子(東莞)有限公司は、オプテックス株式会社の製造および中国販売の拠点として中国広東省東莞 市にて1995年に操業を開始、今年11月に創立20周年を迎えた。
海外でも需要の高まるセンサ事業だが、高騰する人件費やコストアップなど山積する課題も多い。ライバル 企業との熾烈な競争に打ち勝つためにも中国工場の改革が求められていた。そのために描かれた生産性180% の実現をめざす全社活動、その取組みをレポートする。
はじめに貴社の概要についてご説明ください。
馬場:
奥泰斯電子(東莞)有限公司は、オプテックス 株式会社の海外工場として1995年に設立されました。現在、赤外線を応用した防犯センサ、自動ドア センサ、FA用センサの製造・販売、またEMS(受託生産)事業を展開しています。
当社がある東莞市の広さは約2,465平方キロメートル、日本でいえば神奈川県の面積に相当します。人口は約832 万人(2013年)ですが、流動人口が400万以上あり戸籍人口は130万人に過ぎません。
広東省全体では約3,000社の日系企業があるといわれますが、600社近くが東莞市に集中しており、 台湾企業などからの投資も多いのが特徴です。
工場の従業員は568名(2015年8月末)で、オプテックス株式会社の連結売上257億円のうち58%を 生産しています。工場の管理はローカルのリーダーが成長してきており、現在の駐在員は私と上海にいる営業責任者の2名だけです。
今年で20周年を迎えられるのですね。
馬場: この11月2日に記念式典を開催しました。式典の中心は従業員でしたが、中国地方政府からも関係者の方にお越し頂きました。
今回の活動を始められたきっかけ、背景にあった課題は何でしょうか。
東:
中国進出を決めた理由は当時の円高が契機でしたが、我々は早くから海外拠点での生産に着目し取り組んできました。 海外市場では為替の変動が大きく影響します。当社は95年から中国生産を開始しましたが、その後の生産比率でいえば約50%が中国生 産、残りが国内生産となっています。中国での生産も当初は為替リスクヘッジに見合った体制だったのですが、中国経済の伸長に伴って、当然ながら人件 費も急激な勢いで上がってきます。
当社では、日本国内と中国の二極体制で生産を進めていますが、現在、売上高の60%以上は輸出が占めており、海外市場に向けた生産および販売力の強 化が重要テーマとなっています。モノづくりにおける価格競争および品質なども含め、トータルな側面で海外の競合先と戦って行くために、我々のモノづ くりもさらに変化していかなければなりません。そういった背景のもとテクノ経営の協力を得て生産性の改善や品質向上などを進めることにしました。
馬場:
今、東が申し上げましたように、プロジェクト開始以前より中国での人件費高騰や人民元高への移行を予測していました。世界の工場と呼ばれる中国 ですが、実際に製造直接部門の人件費は2011年からの3年間で55%アップしており、人海戦術型の生産工場はコストアップによる大きな打撃を受けます。
厳しい経営が強いられる中、当社が求める視点である「従業員には手厚い待遇」を、「お客様にはQCDの維持」を、「会社としては利益を出し続けられる体制」 を創り上げるためにどうするか。社内にはまだまだ改善の余地があり、会社運営の中心人物を社内で発掘、育成する事も力を入れておりましたので、その 目的に向けてプロジェクトを発足させた次第です。また、VPMの基本思想である「活人」が当社の考え方とマッチしたことも導入を決定した要因です。
活動の開始時期や目標設定についてお聞きします。
馬場:
今回のプロジェクト(活動)は2012年7月にキックオフしました。プロジェクト名は「ODIS 80」 と言います。O D I S はO P T E X D O N G G U A NINNOVATION SYSTEMの頭文字、80は生産性を80%向上させるという意味です。活動開始は2012年で すから、2011年の実績に対して2018年までに生産性を180%にするという壮大な目標です。
実は、キックオフ当初は「ODIS 50」という名称で2015年までに生産性を150%にする目標を掲げていたのですが、2014年に実施した中期事業計画の 更新の時点で、よりハードルの高い目標に置き換えました。プロジェクトは3つのこだわりで進めています。それは「固定概念を打ち破る」「部門の壁を取り 払う」「上位志向で物事を捉える」という3項目です。そうした思考で前向きに活動するようにしています。
活動は製造・生産技術・品質管理部門が対象で約400名くらいです。今後は、間接部門の生産性を向上させる活動にも取り組んでいきたいと思っています。
活動はどのように進められたのでしょうか。
馬場:
初年度はムダ取り中心にボトムアップによるC改善から進めました。活動を開始した当初は改善テー マが数多く発見され、提案件数は2012年7月から半年間で499件に上りました。7チーム編成で進めましたが、お互いに切磋琢磨した結果、 現場の積み上げ改善により生産性が大きく上がりました。
活動3年目の昨年(2014年)からは、現場ワーカーの意識改革に繋がる「気づき活動」に重点を変えた提案件数としては685件でした。ただ、そこから全 社的な改善につながるテーマが数多く集まっています。
D改善(全社的な改善)の取り組みについてお聞かせください。
馬場: 2013年からはミドルによるD改善にも取り組み始めました。これは組織横断的なテーマを扱うも のです。先ほどもお話しましたが、活動を始めた頃は水につけたタオルのように比較的簡単に活動が進みました。しかし、それがだんだんと改善に停滞が見られ るようになります。
福井: ライン単位のムダ取りはすでに着手済みなので、そこから生産性を上げるのはもはや限界だと感じてい ます。これからはラインとラインの連携や、モノの流れと生産計画の一体化など、よりシステマチックな改善に進展させることが必要です。でなければ効果が出 ないと思いますし、そうなると演繹的なアプローチであるD改善が中心になってくるようです。
主な活動成果はいかがでしょうか。
馬場: 成果としては2014年の実績で生産性144%に達しており、予定に対して順調な成果が出ています。 また活動を通じて人材も育っており、特にODIS80改善事務局(全体の改善活動を統括しサポートするプロジェクトメンバー)やD改善リーダーである経理 (部長)は問題の発見から分析、改善案、効果予測、効果実測、改善案の修正といった一連のQCストーリーを進められるようになりました。また、ODIS80改善 事務局のメンバーからは製造部門の管理職に昇格した人材も出ています。
福井: 今はODIS80のメンバーがかなり主体性を持って取り組んでくれています。これが始めたころに比べると大きく変わったところです。
馬場: 主体的な活動の実践ですが、その責任者は各部門の経理(部長)になります。D改善はトップダウンで 目標を打ち出しますが、それに対して効果的なアクションを取って、現状分析からQCストーリーに沿ったPDCAが回せるようになってきたなと思います。
貴社が進める人材育成の特色は何ですか。
馬場:
教育に関してはTWI(Training Within Industryfor Supervisors)を導入しています。実際に運用して いるのはJI(仕事の教え方)です。当社では、まず作業に慣れて頂くための新人ラインを設けています。新人ワーカーさんは2週間程度の作業習熟後、正式な ラインに導入するようにしており、ローカルリーダーがその指導を担当しています。
新人が入ったときには品質・生産性が悪くなるので、その対策として新人ラインを設けているのですが、逆に新人の方から「そういうことをしてくれる会社は今 まで聞いたことがない」という話をよく聞きます。また習熟後に現場に入ったときにもやりやすいという感想を得ています。
中国工場でのTWI導入は珍しいですね。
馬場: 当社では6年になりますが、TWIを実施する企業は東莞市のみならず中国でも数社程度です。最近も東莞市内の企業やコンサルタント会社などからお声がかかって、当社の社員が他社向けに取組みの発表会を実施しました。
他に取り組んでおられる教育やモチベーションアップの施策はありますか。
馬場: 他には「幹部養成塾」を開催しています。これは一期を1年のサイクルとするもので、過去に2回程 度実施しました。中国人社員に将来の経営層を目指してもらうことが狙いです。これには人材発掘の側面もあるのですが、そうしたなかで育ってきた人が一部、 このODIS80の中心メンバーに加わってきました。これも改善活動をスムーズに導入できた要因だったと思います。
馬場: 参加者の人選は決め打ちで、また休日開催のため給料は出ません。しかし、全員が休みを返上して月 1回の研修に積極的に参加しました。当社では年間を通じた社員旅行や文化祭などのイベント開催により、社内コミュニケーションの向上を図っています。
福井: また、当社では会社の利益をオープンにしています。これは利益の1/3を株主、1/3を会社、1/3 をボーナスに還元するもので、個人の努力が最終的に自分に返ってくる。これもモチベーションアップにつながっていると思います。
社員旅行や文化祭など実践されているのは素晴らしいと感じました。改善定着もこうした社風があれば こそだと思います。
福井: 今から振り返ってみても、活動にはスムーズに入っていけたと思います。特に当社では会社に愛着を 持ってもらうようなイベントを重視しています。会社を好きになってもらう、そして家庭的なイメージ。それがベースにあったから上手くいったと思います。
東:
日本的な雰囲気がするかもしれませんが、実際にやってみると人としての感覚は同じなので満足してい ただいています。その辺はこれからも進化させていきたいと思います。やはり給与面も重要なのですが、会社に所属していたいという気持ちが大切だと思います。 これは当社の社風であり、中国工場だけでなく他の拠点においても同じです。
一人ひとりの従業員が自分の力を思う存分発揮できるステージづくり、それを通じて自己実現を達成できる環境を提供する。その対策として、当社では従業員 のことを考えた施策を設けています。バラバラで取り組むのではなく、チームワークにより力を合わせて何かを達成する。そして、その喜びが実感できるような イベントを一緒に楽しむことでオプテックスの社員でよかったなと思ってもらえることが第一です。またそれが管理者の従業員に対する姿勢でもありますが、そ うしたものが重要だと思っております。
活動を始められてよかった点をお聞かせください。
馬場: ODIS80以前にも社内で改善プロジェクトを実施していましたが、なかなか実を結ばないジレンマ を感じる時期がありました。日々の仕事に追われて改善が進まず、社内の良い雰囲気が醸成されるとは言い難い状況でした。人も結構辞めていきましたし、改善 を進めていた生産技術部のメンバーも退職していきました。1人辞めると芋づる式で、特にワーカーさんなどは春節後にまとめて辞められることが多かったです。
池田: 私の場合は本社と東莞に籍を置いておりますので、中国には出張ベースで通いながら改善活動のサポ ートをしています。社内カイゼンでは進みにくい改善も、外部を活用することにより、我々のような推進部隊にも緊張感が生まれてきます。それが工場のメンバ ーにも伝わったのではないでしょうか。
福井: やはり池田さんの貢献が大きいと思います。毎月来てくれるだろうという期待に対し、視点をどう見 つけてあげるか。その大役を池田さんがやってくれました。
これはかなりいいお話しですね。強力なサポートということですね。
馬場:
やはり感じたのは、こちらから方針をきちんと説明しないと彼らもやる気を出さないということです。 私も中国に出向いた最初のころ戸惑ったのですが、いろいろ聞いていくと上位方針の理解不足が原因であるとわかりました。
そのあたりを交通整理してあげると、その人も思っていたことを発言してくれますし、やる気のある人は意識をかえて仕事をするようになります。そのあたりのコミュニケーションが重要なのだと思いました。
活動に対する満足度(特に評価できる点)はいかがでしょうか。
馬場: コンサルタントの小林先生には2012年以降ご指導頂き非常に感謝しています。海外でのご指導は 初めてだとお聞きしていますが、言葉も文化も違う場所で、時にはやさしく、時には厳しく、時には冗談も 交えながら根気強く熱血指導をして頂いています。弊社のスタッフは比較的若いメンバーですので、小林先 生は頼れる兄貴のように映っていると思います。私の知らないところで上司の不満なども聞いていただいているようです。
これからの改善活動の方向性についてはいかがでしょうか。
馬場: 今後の課題は現場の直接部門から他部門への波及を進めることです。製造間接についてはそろそろ取 組みを始めており、コンサルタントとも相談させていただいています。
福井:
現在、オプテックスではベトナム生産の準備を進めています。生産は来年からスタートする予定です が、今後は東莞での取組みをベトナムの工場にも移管していきたいと考えています。
テクニカルという部分のマザー工場は日本側にありますが、現場の改善に関しては、中国人スタッフとの 混成チームでサポートしていきたいと思います。そのために現在、日本のマザー工場に中国人スタッフ1名 に来てもらっており、来年はもう1名増やそうとも考えています。ただ、あまり気乗りしないのか中国人の 社員は嫌がっていますが(笑)。
馬場: 先ほど導入効果としての人材の成長をお話ししましたが、これはトップダウンでPDCA が回るように なったからです。逆にボトムアップ活動であるC改善は盛り上がりが足りません。C改善リーダーは7人います が、一部の人はやらされ感をもって活動している感じもします。日常改善はマンネリ化をいかにして解消するかが課題です。少しずつ運用の方法や評価方法を変えながらモチベーションを維持するよう工夫していま す。ただ、改善発表会などのイベントに関しては盛り上がりを見せており、報告内容も洗練されてきました。
池田: そちらの方はかなりよくなってきたと思います。 その傍ら、C改善のリーダーは課長が中心のボトムアップ活動なので、そちらの方がいまは少し行き詰っ ているかなという感じもします。
福井: もう一段ハードルを上げなければならないと思 います。
馬場:
まずは2018年の目標達成に向かった改善活動を継続して行くのですが、プロジェクト開始から今 までは大きな成果を出してきました。しかし、固く絞り切ったタオルから更に水を絞り出すのは困難ですし、 更なる知恵と工夫が必要となってきます。そのためにLCA(ローコストオートメーション)の開発と部分自 動化といった技術的側面や生産タクトのバラつきをいかに押さえていくか。そうした管理的側面などをさらに強化していく必要があると思っています。
さらに先の2019年以降、改善に終わりはありません。もしかすると「ODIS100」や「ODIS120」を 掲げているかもしれませんし、自ら考えて行動できる改善リーダーが多く育って、プロジェクトがなくても 当たり前のように改善活動が行える組織に育っているかもしれません。
将来の貴社のビジョンについてお伺いします。
東:
今後も海外におけるビジネスが主流になってくると思われます。我々は防犯関連製品が中心になっておりますので、マーケットが国内よりも海外の方が大きい。さらに最近は環境関連のセンサもニーズが高く、 これらの製品も今後は新興国を中心に大きなマーケットとなっています。これを事業のチャンスととらえています。
そのなかで中国工場ならびに国内もそうですが、モノづくりの部分が重要な意味を持つと思います。他社 に負けないというよりも、世間に誇ることができるような、さすがオプテックスだといっていただけるよう なモノづくりを目指していきたいと考えています。
5年10年後を見通した施策はいかがでしょうか。
東: 現在の連結売上高は300億に満たない水準です。 これは少しハードルが高いのですが、2019年にオプテックスが40周年を迎えるにあたり、連結売上高 500億という規模を目標に成長していこうとスローガンを抱えて取り組んでおります。そのためには年率 15%程度のスピードで伸び続けなければならない。たいへん高いハードルなわけですが、そのためにも成長産業に身を置いて、かつ他社に勝っていくことができる事業づくりに取り組んでいきたい。また同時にそ れだけの規模の生産体制を整えていくことが要求されております。現在は国内と中国の工場が、4:6で分 け合っているわけですが、さらにそれ以外のところでの生産も視野に入れて、適地で調達し生産することで お客様に喜んでいただける体制づくりをはかっていこうと思います。
本日はありがとうございました。
取材にご協力いただいた方
董事長 福井 真一氏